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ファン必見!新日本プロレス旗揚げ時代の貴重なエピソード

新日本プロレス(以下、新日)を猪木さんが旗揚げしたとき、藤浪さん、木戸修さん、北沢幹之さん、柴田勝久さん、ユセフ・トルコさんの6人が在籍されていたんですよね?カール・ゴッチさんはまだ現役だったんですか?

ゴッチさんは新日本プロレス旗揚げ戦の猪木さんとの試合が最後でしたね。

その頃の藤波さんの体重はどれくらいだったんですか?

72kgくらいですかね。

スクワット何千回というトレーニングは実際にされてたんですか?

根性論の世界ですからね。カール・ゴッチさんは理論的なんですけど、山本小鉄さんなんて特に根性論でした(笑)ゴッチさんは身体の造りを理解した上で、どこを攻めたらいいのかということを教えてくれましたね。テコの原理を使って短く締めれば、どんなに太い腕でも逆十字が取れるとか実践的なアドバイスをしてもらっていました。

全日本プロレス(以下、全日)の頃もコーチはいましたが、専門的に勉強している人は少なかったので、とてもありがたかったですね。ゴッチさんにはよく、「全日で習ったことは全部頭の中から捨てろ!」と言われていました。

その辺りから坂口征二さんが合流して、新日の選手層が厚くなって、トーナメントができるようになっていって。そこで優勝したんで、そのご褒美にヨーロッパ遠征をしていました。

藤波辰爾 選手

ヤングライオン杯の初代王者は藤波さんなんですか!?

そうですよ。

すごいですね!そこから海外遠征に行かれるようになったんですね。

ゴッチさんがドイツ出身なので、ドイツを皮切りに1年くらい海外にいました。

ドイツと言えば、僕の中でローラン・ボックなんですが、もう引退していました?

ローラン・ボックは、たまたま日本に来たときに、プロのリングに上げられただけで、実はアマチュアの選手なんですよ。

そうなんですか!?それは衝撃的ですね!あんなに強かったのに、アマチュアだったとは…。そういう選手をリングに上げるなんて、やっぱり新日は演出がうまいですね。

演出がうまいんじゃなくて、そういう選手しか呼べなかったんですよ。アメリカの有名な選手は、NWAに加盟している全日のリングに上がってしまうんですよね。

リック・フレアー、ハーリー・レース、ニックポック・ウィンクルなんかも、確かに全日でしたね。

猪木さんはゴッチさんをツテにヨーロッパの選手を招いていました。ヨーロッパの選手はアメリカの選手に比べたら地味なんですが、コアなファンも多いですし、テクニックもあったので人気でしたね。

今藤浪さんのおはなしをお聞きしていて、僕も当時の記憶を辿ってみると、全日は確かにコスチュームも華やかな選手が多くて、新日はTシャツ1枚の無骨な選手が多かったですね。

もともとプロレスの発祥は、ヨーロッパですからね。炭鉱の街で、休憩時間に金を賭けて楽しんでいたのがプロレスのルーツで、そこでゴッチさんやニル・ロビンソンが試合をしていたわけですね。そういう経緯もあって、昔息子のLEONAもマンチェスターに行かせました。

ゴッチさんは、決め技はもちろんセメント(真剣勝負)でも勝てる技を教えていたんですか?

そうですね、お客さんに受ける派手な技は一切無視してましたね。「リング上で戦う上で、派手な動きなんて必要か?」なんてところから始まるんです(笑)

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プロレス界のベンチャー企業

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