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打倒全日!新日本プロレスはプロレス界のベンチャー企業

僕らファンは全日と新日の歴史を本で読んでるんですけど、新日は今で言うベンチャー企業みたいなものですよね。

そうですね、最初の頃は月に2〜3回試合が組めればいい方でした。地方の興行を仕切るプロモーターのほとんどが、全日とばかり組むので、新日は自主興行でした。

そこを猪木さんのベンチャーの力というか、その逆境が気性にあったんですね。

猪木さんも一言目には「馬場に負けるな!全日本プロレスに負けるな!」でしたからね。社員も選手もみんなで号令かけてやってましたよ。

その頃は、新日に藤浪さんという若手の有望株がいて、全日にはジャンボさんがいたんですか?

ジャンボはまだですね。僕も最初は泣かず飛ばずで戦力外でしたよ。海外に行って、やっとレスラーとしての道が開けていったという感じですね。

ジュニアヘビー級を作ったのも新日ですよね?

体重測定があるわけではないので、ジュニアヘビーとヘビーの境目はないんですけどね。僕はずっとジュニアギリギリで、いつも102〜3kgくらいだったんじゃないかな?今は外国人選手のほとんどが100kgオーバーだと思いますよ。

チャボ・ゲレロとかですよね?

そうですね、チャボは100kgなかったくらいだったと思いますね。

佐山さんがきたときくらいですね。佐山さんがきたことで、藤波さんがヘビーに移行されましたよね。

佐山はちょうどいいタイミングでしたね。彼はずば抜けた体幹を持っていて、運動神経もすごかったですね。

藤波さんたちからみてもすごいんですか?

彼はすごかったですね!タイガー・マスクは佐山のためにあったようなものですね。彼だからタイガー・マスクが人気になったんでしょうね。

彼は子どもたちもみんな熱狂しますよね。藤波さんとマスカラスがタッグを組んだ試合が印象的でした。

全日本と新日本のオールスター戦ですね。僕と鶴田とマスカラスがタッグを組んだ試合ですね。

そうです!すごい時代ですよね。マスカラスはまだご健在ですか?

健在ですよ!僕が独立してからも2回くらい来てくれましたね。マスクをして、スカイハイに乗って登場するとお客さんは喜びますよね。もう1回呼びたいなと思っているんですよね。

あの頃入場曲で会場が沸くと言ったら、マスカラスでしたもんね。

日本で一番マスクを売った選手でしょうね。売上はデストロイヤー以上ですよきっと。

もちろん僕も小さい頃、スギノイパレスで買いました(笑)

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演出からスイッチングまでこなす
究極の経営者 アントニオ猪木

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