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プロレス史上初の東京ドーム開催!伝説の試合「格闘衛星 闘強導夢」

プロレスの試合をドームで開催したのも新日が最初でしたよね?

坂口さんが社長で、猪木さんはまだ現役だった頃なんですが、東京ドームで試合をすると言い出したときに、社内のみんなが「何をまた馬鹿げたこと言ってるんだ!」という雰囲気でしたね。両国国技館や武道館でも興行的に難しいと言われているのに、何が東京ドームだ!という感じだったんですけど、猪木さんは「今だからやるんだよ!」と言い張ってね。それで開催されたのが、1989年の「格闘衛星 闘強導夢」です。

初戦は、ロシアのサルマン・ハシミコフでしたね。猪木さんの試合だけロープがなかったのを覚えています。

そうでしたね。他にもヨーロッパから6人くらい選手が来たんですけど、みんなアマチュアのメダリストばかりだったんですよ。みんな掴んだら投げるしかないような感じで大変でしたね。

そんな中、きちんと試合を成立させる藤波さんたちがすごいですよね。

自分たちがリングで試合をしている以上、それを見ているお客さんに対してどれくらいの感動を与えられているかは常に意識していましたね。

藤波さんが戦ったのもレスリングの選手だったんですか?

そうですね。柔道の選手もいましたね。ザンギエフだったかな?彼が一番うまかったですね。

山田信太郎

ビクトル・ザンギエフですね!今考えると新日のロシア人選手たちって、すごいパワーがありましたよね。それにしても東京ドームってすごい会場でしたよね。

当時お客さんもドームという大会場を楽しみにしてくれていて、出場選手も対戦カードも何も決まっていないのにチケットが何千枚と売れていましたね。それをきっかけに福岡ドーム、名古屋ドーム、大阪ドーム、長野ドーム、札幌ドームを回るツアーもしていました。東京ドームは年に2〜3回開催してたんじゃないかな?

プロレスってこうして歴史があって、幅広い世代に熱狂的に愛されていますよね。それって本当にすごいことだなと思います。

長くプロレスを続けていると3世代で応援してくださるファンもいますね。僕は力道山と対戦していたフレッド・ブラッシーとも試合をしていますからね。

得意技が噛み付くの、フレッド・ブラッシーですね!(笑)

ヤスリで歯を磨いてね(笑)

ブラッシーと試合をした選手が今も現役でリングに立っているって素晴らしいことですよね。タイガー・ジェット・シンももう引退しているんですか?

彼ももう引退してますよ。もともと貿易商を営むビジネスマンでしたからね。

そうなんですね!「インドの猛虎」と言われていましたけど、カナダ人なんですよね(笑) 見た目とギャップのある選手だったんですね。

彼はすごかったね。レスリングのキャリアはもともとなかったんですけど、恵まれた体格と手の取り方、足の取り方すべてがうまく見えてしまうあの風貌は才能でしたよ。大きな身体だけど、動きはとても機敏でね。今でも忘れられないのが、川崎市の体育館で開催されていた試合に、お客さんとして来ていたんだけど、猪木さんの試合に乱入したんですよ。当時試合は生中継だったから、すぐに注目されてね。

猪木さんが新宿伊勢丹前でタイガー・ジェット・シンに襲われた新宿伊勢丹前事件もありましたよね。当時新聞にも取り上げられていたのを覚えています。

そんな場所で偶然出くわしてしまうところが猪木さんらしいですよね(笑) 猪木さんだからこそ、マイナスのできごとをプラスの発想に変えられるところは本当にすごいなと思います。

バイタリティの塊ですよね。僕ら経営者も猪木さんのようなバイタリティが必要だと思います。リスクを取らないことばっかりでやったときのメリットしか考えないんですよね。藤波さんにとって、師匠はずっと猪木さんなんですか?

そうですね。僕はもう新日を離れていますが、今でも猪木さんの教えに背中を押してもらうことも多いですね。試合数こそ少ないですけど、春と秋に自分の団体の興行をやると決めて実行しているのは、猪木さんの影響が大きいです。試合をするときに、選手がどういう試合をするかを何もないところから作っていくわけですから、どういう演出をするかも含めて一から考えないといけないので大変でしたけどね。今は幸いにも、新日を始めたくさんの団体から選手が来てくれるようになりました。

藤波辰爾 選手

猪木さんの体調は最近いかがでしょうか?

一昨日かな?久しぶりに電話して、元気そうでしたよ。今だに電話すると僕にも「元気ですかー!」って言ってくれるんですよ(笑)今だに電話越しでも緊張しますね。僕は猪木さんに憧れてこの世界に入ったので、ただのファンに戻ってしまうんですよ。その様子を見て、妻や息子は「お父さん未だにファンのままなんだね」と不思議そうにしていますね。

今はそういった結びつきの強い師弟関係も珍しくなってきましたよね。

若手選手の方が、猪木さんにタメ口ではなしてるんですよ。僕らはとてもじゃないですけど、そんなことできませんからね。日本プロレス時代からの付き合いなので、もう50年以上ですよね。自分の親よりも長い時間を過ごしていますね。

その次に長い付き合いなのは誰ですか?

坂口さんですね。猪木さんとはまったく違う性格でしたね。坂口さん、猪木さんに続いて3代目の社長をしていたときも、坂口さんがいろいろなアドバイスをくれました。僕が社長になってからもいろいろありましたけど、社長って孤独で辛いですよね(笑)

新日の社長は特に大変だと思いますよ(笑) 特に大変なときでしたよね。

そうですね。でもファンがずっと新日を応援してくれていて、今の僕の団体も半分くらいは新日時代からのファンだと思います。ありがたいですね。

新日のファンはとっても熱いなと思います。最近の藤波さんから見て、最近の新日はいかがですか?

ここ最近久しぶりに新日のリングに数回上がってるんですけど、選手の育て方とか試合の作り方とか含めて、今の選手は今の選手なりに頑張ってるなと思いました。ニューヨークのWWEを小型版にしたような、そんな雰囲気を感じましたね。選手は選手で、コンディションもいいですし、各々でしっかりと練習しているんでしょうね。テレビに映っても負けていない、ちゃんとした身体作りをしているんだなと思いましたね。

昔は見栄えある身体というよりも、テレビがよっぽどひかないと身体全体が映らないくらいデカかったんでね(笑) とはいえ、今の選手たちも身体もできているし、それぞれの役割もできているので、今の時代にフィットしているなと思って、僕自身の考え方を改めようと思いましたね。以前は、これまでのイメージで新日はこうでないといけないと思ってましたけど、今は今でそれぞれちゃんとやっていて、お客さんもついていますからね。これからも頑張って欲しいなと思っています。

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新日のプロレスリングは、
団体で一番重くて固い!?

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